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2014年11月 6日 (木)

広州市内観光 北京路

次の観光は広州一の繁華街北京路だった。私はこういう人がゴミゴミしている所には行きたくなかったのが、一か所ぐらいは広州が繁栄している所もいいのではないかと候補に選んだのだ。

 

まぁ、日本の繁華街、特に若い人たちの街と言う印象だ。例えて言うと渋谷のセンター街や大阪の道頓堀あたりだろう。

 

しかし、ここは街路樹も植わっているし兎に角、道が広い。大勢の人がゴチャゴチャといるのだがセンター街や道頓堀よりはよほど歩きやすい。

センター街や道頓堀を歩いている人をここに連れて来ても道の真ん中はガラガラに感じるだろう。ここでもやはり若い人たちが圧倒的に多い。

この日は国慶節で国民の祝日だったし、丁度昼過ぎだから人通りがいつもよりは多かったのだろう。ガイドさんに聞いてもいつもより多いと言う事だった。

                           

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北京街の真ん中に立っている石柱にペキン街と書いてある  クリックで拡大します

Img_3901  北京街にあった道路標識   クリックで拡大します



ショッピングのつもりはなかったのでこの道の真ん中あたりをブラブラとしていたが、矢張り人ごみは疲れる。

通りの真ん中にオブジェが有りここの石に北京路と掘られていたし。街角の道路標識にも北京路の表示が有った。

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北京街の見どころの一つ何年前のものかわからない古道  クリックで拡大


 

ここの一番の見どころはこの北京路の下にかなり前の古道がそのまま残されていて一部が発掘されて厚いガラスの下に見えることだろう。表示には「千年古楼遺祉」と掘られていたので、千年以上の歴史があるのだろう。しっかりとた石畳みが残っていた。

 

事事ここにあったものなのか、どこかに有った遺跡をここに移設してきたのかは分からない。しかし、北京路の真ん中にこの道なりに古道が通っていたなどとは偶然の一致にしても考えられないのではないだろうか??

 

この様な道路の移籍を見せている所を大連の繁華街でも見た事があるから恐らくはこの通りに合わせて移設来たものなのだろう。しかし、西洋と同じ様な石畳みの道路であることは間違いない。

 

日本でも有名な神社の参道などではこの頃に石を引きつめた道路が出現していたのだろうが、普通の道は土そのままの道だったのだろう。

 

ここでは人が多すぎて三脚を建てて写真を撮ることも出来ずに早々に引き揚げた。

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