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2009年5月29日 (金)

改修チームが帰国

カヌー会場のスクリーンの改修が終わり、10数日続いていたユニットの全改修が終了した。

あとは、運用チームとして残る技術者による最終調整だけだ。

改修チームが帰国する時にもツアーコンダクターとしての私の役目があり、航空機の予約の確認とか空港までのバスの手配などを行った。

帰国が決まった段階で各個人が持ち帰るものと残しておく物を区別してもらい、日本からの差し入れなどで残っている物は1ヶ所に集めさせた。結構残っていて、これを段ボール箱に入れてシンタグマの運用チームに差し入れた。

その他に、持ち帰れないもの(アテネで購入したパラソル、ケトル、マグカップなどの日用品類)は、お世話になった代理店においていくことにした。

さて、出発の日に、各人がチェックアウトをしてロビーに集まり、空港へのバスも到着しているのに一人足りないではないか!!

コッフェルでカップラーメンを食べようとした例のオジサンだ。部屋まで探しに行ったが見つからない。さて、何処に行ったのか? みんなで手分けして探す羽目になったが、10分ぐらいしてヒョッコリと現れた。

見納めにと海岸まで行っていたとの事であったが、何とも人騒がせなオジサンなのだ!!

私もこの日でこのホテルをチェックアウトし元のコーラルホテルに戻ることにしていた。

みんなをバスに乗せ、空港まで送り届け、チャックインの手助けをしてから、同じバスに乗りコーラルホテルに戻った。正直言って「ホッ」とした感じだ。ツアーコンダクターとしての仕事がなくなったためだ。

次の日からは運用チームとして残った2人の技術者を指揮して設置したスクリーンを計画的に廻って最終調整をしてヒートランを実施すればいいだけになったのだ。やっと本来の自分の仕事に戻ることが出来た。

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2009年5月27日 (水)

炎天下の会場での昼飯inアテネ

カヌー会場はヘリニコンのオリンピックサイトの一番奥にある。正面から入ると一番奥だが、言い換えれば裏門から入れば一番近い所にあるわけだ。

我々は毎日、この裏門からアクセスしていたのだが、それでも裏門からカヌー会場のスクリーンまでは1kmぐらいはあった。車は裏門まではアクセスできる物のそこから先は許可がなければ入れない。大勢の人間の許可を取るのは大変なので裏門からスクリーンまではいつも歩いていた。

裏門の手前になぜかキャンティーンがありそこで飲み物や食べ物を売っている。このキャンティーンは移動式だが、我々の他に人があまり居ない所に設置されていたから何故ここにあるのかはあまり理解できなかった。

昼にはこのキャンティーンの所までみんなで戻って、サンドイッチや飲み物を買って食べていた。この時に初めて我々以外にも人がたくさん居ることが分かった。我々の作業場所から反対方向にトラムの車両基地や自動車の運転練習場があったのだ。

この人達を目当てにキャンティーンを開いていて、我々は単にその客にプラスされた物でしかなかったのだ。しかし、キャンティーン側からすれば一日に10数人の客が確実に増えたのだから御の字だったに違いない。

朝、裏門で車を降りるとここで飲み物を買ってスクリーンの所まで歩き、昼になればキャンティーンのところまで戻り、みんなで食事をする。キャンティーンだからあまり多くの種類の食べ物は期待できないが、それでも昼飯には十分な種類の物を作ってくれた。

アテネでは昼飯時にビールを飲むことも問題なく、我々も缶ビール1本ぐらいは普通の飲み物の代わりに飲んでいた。

仕事が終わるとまた、このキャンティーンまで戻り、一日の疲れを癒すために車が迎えに来るまでゆったりと椅子に座りビールを飲むと言う生活をしていた。

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2009年5月25日 (月)

炎天下での改修作業inアテネ 2

この時期のアテネは晴天が多かったとは言え、雷が鳴り急に雨が降り出すなど天候不順な時期でもあった。そのために幾つか注意しながら仕事を進めていた。

強烈な太陽の直射対策はパラソルで行ったことは前回書いたが、雨対策として大きなブルーシートを何枚か用意した。一枚は急に雨が降り出したときに作業場所を覆う物だ。また、このブルーシートをパラソルと併用すればより大きな日陰が出来るのでパラソルを支柱にして実質はブルーシートの天井を作りその下で作業したことになる。

カヌー会場のスクリーンはすでに前ユニットがフレームに取り付けられていたので、そのユニットを一部分ずつ取り外して改修していたので、スクリーンに穴が開いてしまうことになる。急な雨ではこの開いた穴から雨がフレームの中に吹き込んでしまうので、大きなフレームごとブルーシートでラッピングしてしまった。こうすれば急な雨でもユニットやフレームの中を保護できる。

このブルーシートの端をシッカリと縛り付けておけば作業をしていない夜間の急激な雨対策にもなった。

これらの雨対作品も現地で調達した物であるが、ギリシャにも日本と同じ色のシートがあることに驚いた。日本では一般にブルーシートだが国によりストライプが入っていたり色が違った物があるからだ。

このブルーシートの下での改修作業は3日間を要して終了した。実際にこの間に急な雨の日が一日あったからブルーシートの雨よけは成功したと言って良い。

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2009年5月21日 (木)

炎天下での改修作業inアテネ

ATHОCの倉庫でのユニットの改修、代理店の会議室での改修は屋内であったため天候に関係なく順調に行われたが、カヌー会場では既にユニットが付いているため屋外での改修作業となった。

とにかくアテネの夏(夏と言っても6月頃)は暑い、炎天下での作業は大変だ!!

カヌー会場の大型スクリーンの直ぐ後ろに舗装されている道が走っていたために(会場内のため公道ではない)ここを使用することにした。従って照り返しも強い。

ここの作業は最後になったため日本から来ていた改修チームのメンバーが全員参加することになった。

電動工具、半田ごて、改修後の点灯試験を行うための電源はスクリーンに来ていた小用電源を使用したが、改修するための作業机数台と椅子は代理店から運んだ。この会場は代理店から比較的近かったので物品の調達は比較的楽だった。

問題なのは暑さ対策だ。日よけのパラソルを何台も買い込み、飲み物を冷やすためのクーラーボックスを買い、毎日スーパーに行って飲み物とキューブアイスを買って来て作業する人が脱水症状にならないように気を配った。

トイレの問題も大きかった。このスクリーンはかなり広い会場にホッツリと設置されていたので近くにトイレがないのだ。遥か離れた所にカヌーの運営を指揮する建物があるのだが、そこまでは600m位歩かなければならない。しかしトイレは必要だ。

事前にATHОCの人とこの建物を尋ねて代表者と会い、事情を説明した上で特定の場所のトイレを借りることに話をつけた。それでも建物の中に入らなければならないので、都度、セキュリティーガードのお兄さんには許可を得なければならなかった。

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2009年5月18日 (月)

遅ればせながらの歓迎パーティーinアテネ

改修チームが来て、運用チームが来た。その後しばらくしてから現地販社の会社の社長が「歓迎パーティー」をグリファダで開いてくれた。この時分には改修作業は最終コーナーを回っていた頃なのでどちらかと言えば「お疲れ様パーティー」だったのかも知れない。

とにかく、改修チームの10数人、運用チームの数人、それかに販売会社の数人と総勢20人ぐらいの日本人がグリファダのレストランに集まったのだから見ものだった。

このレストランは、その前に私達も良く行っていた所であるが、ギリシャ滞在が長い現地の販売会社の社長も良く行くと言うところで、我々の知らないギリシャ料理が出てくることに期待していた。

レストラン側はオープンバルコニーに特別な席を用意してくれていた。

矢張り20人からの日本人だけが座っているのは壮観だ!!

ビールやワインが出てきてパーティーが始まり、しばらくしてサラダが出てきたが、その後に出てきた料理は初めてのものばかりで名前も覚えていない。自分で注文すれば名前ぐらいは覚えるのだろうが、他の人が注文した物では覚えられない。社長は「レストランのおまかせ」を頼んだらしく社長さえ名前の知らない料理が出てきた。

サラダあり、野菜あり、魚あり、肉ありで結構なボリュームだ。1人や二人では頼めない料理の種類なのでみんなでギリシャ料理を堪能した。名前が分からなかったのが残念だ!!

それでも若者が多かったためか、ほとんどの料理は平らげたし、アルコールも適度に廻り楽しいパーティーだった。

改修チームも私しか知らなかった社長や販売会社の社員、運用チームの人達と顔合わせが出来、話もしていたので有意義だったし良いパーティーだった。

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2009年5月16日 (土)

グリファダに繰り出すinアテネ

グリファダの近くにホテルを移動してからは毎日のようにグリファダに繰り出して夕食をとった。

いつも全員が一緒と言うことではなく、気かあった者同士とか、食べたいものが一緒だったりした者が三々五々とグリファダを訪れた。

グリファダはアテネの旧市街と違って洗練されていて、ショッピングモールもあり、レストランやタベルナがたくさん有ったから、より取り見取りで食事が出来た。

ある時は本場のギリシャ料理だったり、イタリア料理だったり、中華料理だったり、なぜかタイ料理だったりした。

それだけ色々な国の料理屋があったので。勿論すし屋もあったが日本料理を食べたいと言う気にもなれずボッタグラレルのが関の山だと思い遠慮した。

勿論ファストフード店もたくさんあり定番のハンバーガー店の他にもギリシャ風の食べ物のファストフード店も有った。私は2~3度はこのファストフード店を利用した。

みんなが色々なお店に行くので情報が集まり、次はどのお店に行ってみようという気持ちにもなった。

食べ物の値段は結構高く、旧市街のシンタグマやモナスティラキの同じ程度のお店より割高だった。

シーザーサラダが10ユーロもするお店にも入ったことがある。当時は1ユーロ=160円ぐらいだったから相当に高いと思う。しかしボリュームは凄く、ビールを飲みながらサラダを摘んでいるとメインが来るまでにはお腹が一杯になるほどだった。

最初は分からずに一人一皿頼んだものを次回からは一皿注文してシェアーして食べると言うこともするようになった。

矢張り一番多く行ったのはギリシャ料理店でスブラキやムサカ等を注文した。お店によりそれぞれの味があり、同じものでも結構楽しめた。

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2009年5月14日 (木)

ルームパーティーinアテネ

長い期間一緒に仕事をしていると違う会社の人間同士でも打ち解けてきて、随分いろいろなことを話せるようになるし、個人個人の気心も知れてくるようになる。

私の仕事の一つとしてこれらの人を一つにまとめて順調に仕事を進めると言うこともあり、ある時、技術者たちにホテルでホームパーティーをやろうと切り出した。

技術者たちは大賛成してくれて私の部屋でパーティーをやることになった。前にも書いたように私の部屋だけが居住する所と居間のようなスペースの二部屋があったので、この四畳半ぐらいの狭い居間の様なところにむさ苦しい男たちが10数人もすし詰めのような格好で集まることになった。

食べ物は日本からの差し入れの「乾き物」や缶詰、カップ麺、インスタントカレーなどが少々あったので、これに加えて近くのグリファダまで買いに行ったハム、ソーセージ、チーズ類とお酒等の飲み物で間に合わせた。

グリファダに買い物に行くのも買う物の担当を決めて幾つかのグループで分散して買い集めた。

部屋には丸いテーブルが一つしかなく、しかもソファーが二つだ。みんなの部屋から椅子を持ってきて思い思いに陣取りパーティーが始まった。

ビールは勿論、地元のワイン等が次々に開けられて大変な盛り上がりになった。

歌を唄うまでにはならなかったが相当に盛り上がりを見せてきた所にチョッとした事件が起こった。

ケトルでお湯を沸かしてインスタントカレーを温めていた人がケトルからレトルトのパックを取り出した途端に熱くてそれを放り出したのだ!! すし詰め状態で座っていたので熱せられたレトルトパックがある人に当たりその人も慌ててそれを放り出すと言う状態になり、それが連鎖してみんなアチコチに手をぶつけたりお互いにぶつかったりの一騒動が起きた。幸いに誰も火傷や怪我をせずには済んだが。チョツトしたハプニングだった。

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2009年5月11日 (月)

避妊具が散乱していたアテネの海岸

トップレスがたくさん転がっていた海岸の両端は岩場になっている。そして海岸までは車で入れる。

こう言う海岸は日本の海岸と違った「海の家」のような物はない。所々にシャワーがあって水浴びや日光浴したあとは、そこでシャワーを浴びて着替えることなく(ある人達は車で着替えて)帰っていく。

ある時、ゴツゴツした岩場に足を入れようとして驚いた。使用済みの避妊具が落ちている!!

そのまま、足に負担がかからないように注意深く下を見ながら歩いていくと、落ちていた避妊具は一つだけではない。そこら中に落ちているではないか!!

若者たちのカップルが夜に車で来て用を済ませたあとにそのまま放置して言ったに違いない。

これを見て少々驚いたと同時に日本でもこう言うことはあるのかなと言う思いがした。日本人なら恐らくは放置しないだろう。多分ティシュペーパーなどに包んでどこかのゴミ箱に捨てるので話すかな? と想像した。

アテネで犬の散歩で犬が糞をしてもそのまま放置するのと同じ様に避妊具もそのまま放置するのではないだろうか?

翌日、代理店に出社して事務所の技術者に聞いてみた。「そんなことは良くある事だ。」と平然とした回答が返ってきた。同時に「ギリシャ人は結構身持ちが固いから、Heroあなたが誘ってもそんなに簡単に女性は付いてこないよ!!」と念を押されてしまった。

トップレスを最初に見たときも代理店の秘書に質問したし、見たこと、聞いたことで疑問に感じたことなどは何でも気軽に話せる間柄になってはいたものの、この避妊具の事を聞いた時は代理店の技術者は少しビックリしたに違いない。

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2009年5月 7日 (木)

みんなでトップレスを見に行くinアテネ

ここのホテルも海岸に近く多くの人が海で遊んでいる。私はみんなにアテネにはトップレスがたくさんいると話したところ全員が興味津々で見に行こうと言うことになった。

若い技術者がたくさんいるのだから無理もないことだし、日本では普通見られないことだから興味を持つのも当たり前だ。

仕事が終わったあと何人かを引き連れて海岸に連れて行った。ホテルから海岸までは100mぐらいだ。ホテルから歩いていくと丁度長い海岸線の一方の端に出るので、そこをブラブラと散歩がてらトップレスの観察をするわけだ。砂浜の長さが700mから800mぐらいあり歩きにくいこともあって片道15分ぐらいの行程だ。

私が定宿として宿泊しているホテルの前の砂浜は50mぐらいしかないのに常時5人~6人のトップレスがいたから、ここではその10数倍も居たのだ。

アテネではトップレスが極当たり前の習慣だから堂々と上を向いて寝ているし、傍を通る人も気にもしていない。見られる方も気にしている様子はない

日本では絶対に選りえない光景にみんなで「あそこにも居る」、「あっちにも居る」と言う少々興奮気味で見ながら歩いていた。中にはわざわざ近くまで言ってみてくるツワモノも居た。

日が長い時期であったので仕事が終わっても十分に水浴びが出来る。日本から来た技術者達には水着をもってこいと連絡してあったから、ある時には泳ぎに行ったりもしていた。こういう時はわざわざトップレスの近くにシートを引いて眺めていた。

相手が堂々としているしこちらも悪いことをしている訳ではなく問題はないわけだ。

まあ、これも出張しての役得と言うところなのだろう。

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2009年5月 4日 (月)

全員でホテルを移動するinアテネ

回収作業を大詰めを迎えた時、全員で泊まれるホテルに移動した。アテネの南の方でチョッとしたお洒落な町、グリファダと言うところだ。

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勿論ホテルはグリファダの街の中にあるわけでなくチョッと離れてはいたがグリファダには徒歩圏内で更に海に近いところであった。

グリファダは新しく作られた街のためアテネでは珍しく古めかしさやゴチャゴチャとした感は無く洗練された都会の町と言った感じだ。

このホテルに移るときも、幾つかのホテルの候補を下見をして全員がまとまれ、比較的に環境や設備の良い所言う結果からツアーコンダクターの私が決めた物だ。勿論宿泊代も決定の大きな要素にはなっていた。

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10数人の大所帯だから、ホテルを探すのも大変で一応、部屋の中を見せてもらったり、食事の質を確認したりして決定した訳だ。ホテル側としては大口のお客さんとなるのだから親切に対応してくれたし、部屋もそこそこの物を用意してくれた。

特に私の部屋はスイート(とは言っても一般のホテルのスイートとはかけ離れていたが)でベッドルームの他にもう一部屋付いていた。この部屋は皆が持っていた日本からの差し入れ品の置き場所にもなった。従って、皆が必要な時に代わる代わる尋ねてくるので、私としてはあまり落ち着いていられる物ではなかった。

中には部屋に入った物の水が出ないとか、バスタブの水が漏れるなどのトラブルがあって、フロントに掛け合って修理させたり、部屋を変更したりで落ち着くまではホテル側との対応に追われた。

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2009年5月 2日 (土)

日本からの差し入れと現地調達inアテネ

私は現地食が続いても問題ないが、日本から大挙してやって来た技術者たちの中には日本の食べ物が恋しくなってくる人も居た。日本サイドでも気にしてくれていて、たくさんの差し入れがオーバーナイトクーリエ(国際宅急便)で送られてきた。日本にいる同じ部署の人達のカンパだという。

ダンボール3箱分の差し入れだ。中を明けてみると「カップ麺」、「インスタントみそ汁」、「レトルトのご飯」、「レトルトカレー」、「缶詰」、「お菓子」、「裂きイカ」、「ピーナツ」などの豆菓子などが入っていた。

ありがたい差し入れだ。皆に公平に分けることは難しいので、私がいた代理店の事務所とホテルの代表の部屋、シンタグマの運営チームの事務所に分けておくことにした。誰でもが欲しい時に食べられるように配慮した訳だ。

それ以前に改修作業の場所が別れることが分かっていたので、日本からの差し入れが来る前に現地でケトル、マグカップ、コーヒーなどの飲み物用品や、スプーン、フォークなど食事に必要な物は揃えて置いた。これらの調達も私の仕事で、代理店の技術者にお願いしてくるまで現地の大型スーパーマーケットを捜し歩いて購入した物だ。

これらの差し入れは矢張りホテル組みの一番消費が激しく、代表に決めた人の部屋には必ず誰かが入り込み、ケトルでお湯を沸かしては日本の味に浸っていた。

不足すれば、他の保管場所から補充したりするので問題は無いが、日本にお礼のメールをすると第2陣の差し入れをしたと返事が返ってきたのだ。しかしねこの第2陣は通関で引っかかり中々手元には届かなかった。

それでも、身の改修作業は現地に派遣されている人だけでなく、日本に残っている人達も全員で取り組んでいるという実感があり嬉しかった。

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