悪戯坊主だった幼稚園の頃の思い出
朝鮮で終戦を向かえ、その年には何とか帰国していた、父は軍人で有ったためそのまま抑留されたが長い抑留ではなく追いかけて帰国していた。
恐らくその翌年だと思うので私が5歳ぐらいのときだと思う。近くの国立大学の付属幼稚園に入園することになった。私はかなり活発で悪戯坊主だったようだ。
国立大学は軍隊の広大な敷地の中にあり、幼稚園から小学校、中学校をこの敷地内に持っていた。
まさに森あり、谷ありのような敷地の中に点々と兵舎や車両の格納庫、防空壕などが点在していた。
園舎はその中のあまり大きくない一つを利用していた。しかし、園舎の前には野球グランドが二つぐらいできる広場が有り、その他に、テニスコートが2面、200メートルのトラックが1面、バスケットボールのコートが1面、中央に石のお宮がある鎮守の森のような木が茂った一角があり遊ぶのには十分な広場が有った。勿論、幼稚園だけで使っているわけではなく、小学校、中学校との共用だ。しかし、それでも十分な広さが有った。
教室は兵舎をそのまま使っていたので広くて窓もたくさん有り、窓までの高さも今の学校や幼稚園に比べると高かった。
ある時、男子園児の1人が開け放たれたその窓に上り、外に向かってオシッコをした。それが子供達の間で大騒ぎになり先生まで知れ渡る事になった。早速先生がやってきて、その園児を叱って、なぜその様な事をしたのかを問いただした。その園児は何と私に命令されてやったと言ったのだ。
私には全くその様な覚えはなかったが、私まで巻き添えにされて叱られてしまった。
恐らく、その園児はガキ大将だった私に言われてやったと言えばそんなには叱られずに済むとでも思ったのだろう。こちらはとんでもないトバッチリを受けたが、当時の私がガキ大将で悪戯坊主だった証だろう。
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